どぶろく

主に毎週本誌更新後に尾形の行動心理を考える。あとアニメの感想。基本的に話が長くなりそうなものはこっちに書いてます。

ひょんなところから尾形の行動心理を考える

気の触れた尾形クラスタが、独断と偏見で尾形の心理を読み解こうというとち狂った内容が始まるから、嫌な予感がしたらはよ逃げてくれ。

逃げ遅れには容赦しないからな、申し訳ないけど。

 

たまたま目にしたこの記事の一文に引っかかるものがあった。

http://www.itmedia.co.jp/news/spv/1811/30/news008_0.html

要約すると「電脳コイル」というアニメから、近未来に起こる可能性があるサイバーテロを考える、という内容。

これのどこに尾形の心理を考えるに至るものがあるのか。

もちろん私もそういう意図で読み始めたわけではない。

話はサイバー攻撃の代表的な例「青い鯨」の本質に踏み込んだ。その一文に「断定はできませんが、金銭目的ではなく悪質な"試したい"や"面白いからやる"といったことが動機と思われ、サイバー攻撃のコストにまつわる防御が効かず…」とあった。

なんか引っかかるワードがあるでしょうよ。

「金銭目的ではない試したい」

「コストにまつわる防御が効かない」

「試したい」と「ノーコスト」これは、幼少期の尾形と勇作さんを撃った時を思わせた。

以前Twitterでも尾形の試し行動について書いたが、尾形の行動の原理に「試す」という考えが深く関わっているような気がする。

母親が死んだら父親が葬儀に顔をみせ、母は最期に愛した人に会えるのではないだろうか。という仮説の元に尾形は母親に殺鼠剤を食わす。

勇作さんが死んだら父親は自分を愛おしく思うのではないか。という仮説の元に勇作さんを撃った。

結果的にこの二つの仮説は、尾形が望んだものにはならなかった。

しかしそこにコストがかかっていないんですよ。それを実行するための、金銭どころか労力だってほとんどかかってはいない。そうするとどうなるか。

利益が発生しようがしまいが関係ない。

コストがかかっていないのだから。痛手にもならないわけだ。

そこが尾形の心理の掴めない部分だと私は思う。

皆、なんらかの利益のために動いている中、尾形にはそれが当てはまらない。コストによる防御が効かない。踏みとどまる理由が他の人間にあって、尾形にはない。

私がずっと尾形に抱いていた、他のキャラクターとの差異はそこではないかと行き着いた。

 

だってあれこれ妄想はすれど、未だに尾形が金塊目的でも革命目的かもはっきりされていない。

確固たる目的へのリスクがない。

あのメンツの中で尾形だけが異質に移り、かつミステリアスとも思えていたキャラクター性は、実は私が考えていたものと真逆なのではないかと思えた。

それまで尾形は、突出した合理性の持ち主だと思っていた。

むしろその逆ではないのか。

ほんとうの合理的主義者なら、人の情を掛け値にした仮説を実行するだろうか。

それこそ尾形自信も言っていた「愛とは神の存在くらいあやふやなもの」ではないのか。

あやふやなものを掛け値に博打をした結果、失敗に終わったが、それを失敗だとは思えない、思わせない。なぜならノーコストなのでリスクがない。

母親を殺しました。でも父親は来ませんでした。

それだけなのである。

他人の愛情を試した結果が欲しかったのではないだろうか。

 

しかしその不確かな愛情を証明してしまったのが、勇作さんの存在だ。

愛情は確かに存在した。俺以外の人生で。

勇作さんが尾形が理想とした人生のメタ的な存在として描かれている部分もあるが、私にはどうしても尾形は勇作さんになりたかったとは思えない。なぜだかはわからないが。

 

まあそんな感じで散々書いたけど、結局自分でも着地点がわからない。そこがまた魅力であり、今後の展開に期待できる部分でもあると思う(いい感じに締める)